第四回 黒澤知之さん (ベーグル・カフェ経営)

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カナダで活躍する日本人、第4回目は2年前に地元カナディアン向けのベーグルカフェを立ち上げ、現在は日系コミュニティーにもケータリングサービスを展開。緻密さと大胆さ、信念とそれを達成する実行力を合わせもつReadheads Bagel Caféの経営者、黒澤知之さん(以下敬称略)にお話を伺いました。


QLS : まず月並みな質問ですが、飲食業界に入ったきっかけを教えてください。

黒澤 : 僕はこの業界に入る前は旅行業界で16年働いていました。実家が商売をしていたこともあって20歳を過ぎたころからゆくゆくは自分で商売をしたいと思っていて、30歳を過ぎる頃までゆるぎない気持ちで、旅行業での独立を考えていました。地元の旅行代理店に7年勤めた後、海外も見ておきたいと思い25歳の時にワーキングホリデーで初めてカナダに来ました。幸いにもバンクーバーの旅行会社にすぐに採用されて、ツアーガイド、オフィスワークをこなし、1年数カ月後その会社からの出向という形で日本に戻り、大手の旅行会社でホールセール(パッケージツアーを作って販売する)の仕事に携わるチャンスを得ることができました。当時は航空会社との折衝、大使館や政府観光局のキーマンへの対応などやりがいのある仕事を任されていましたが、業界の構造上の問題で過当競争に陥り、お客様の満足を考えることよりも会社の利益を優先することに集中せざるを得ない状況になって行ったんです。意に沿わないこともやらないと生き残って行けない業界の将来性に不安を感じ始め、子供ができた時に、果たして胸を張ってこの仕事を続けていけるだろうか、一度しかない人生、一回くらい大きな変化があってもいいのではないかと考えました。そこで、元々食べ物や食文化全般に興味があり、文化的な背景を含め酒が好だった(笑)こともあって飲食で独立したい、しかもこれまでの仕事の縁もありお世話になったカナダで起業したいと思ったのは、自然な流れだったと思います。

QLS : 全くこれまでと違う業界で起業を考えられたわけですが、不安はありませんでしたか。

黒澤 : 当時自分に欠けているものははっきりしていました。つまり、16年間のサラリーマン生活である程度独立のための資金も貯まり、結果論ですがワーホリ以来10年くらいカナダに直接、間接に関わってきたのでそれなりに助けて下さる人がいました。また、旅行会社を退社してからしばらくの間ビジネススクールで飲食のマーケティングや経営についても勉強しました。もちろんそれ以降も勉強は続けていますが、唯一足りないのが飲食業界での“経験”でした。そこで最初からマネージャー候補として、最終的には独立したいという意向を伝えた上で、カルガリーの日本食レストランに採用してもらいました。目標がはっきりしていたのでどんなに大変でも何とかこなしていこうというモチベーションはありました。

QLS : カルガリーの日本食レストランでの仕事はどうだったでしょうか。当時一緒に仕事をさせて頂いた私の受けた印象ではとにかく猛烈にお忙しそうだったのですが・・・

黒澤 : マネージャー候補として入社した時は会社設立2年目で、売上はそこそこあったのですが毎月大赤字で、社員が皆何のために働いているのかわからないといった状況でした。元々老舗のステーキハウスの流れを汲んでいたので可能性は十分あり、新たな業態に果敢にチャレンジをしていましたが、マーケティングからは随分かけ離れたやり方をしていて、また社員の精神論的な面があまり重視されてないところがありました。私にはとにかく40歳くらいまでには自分の店を持ちたいという目標があったので、そのためには飲食店経営の技術的な部分を学びつつ立派な成績を残すこと、更に後任を育成すること、(おこがましいですが)自分なりに会社の理念に代わるものを構築することに専念しました。カジュアルな形態で、和食としてファーストフード以上のきちんとしたものを出していくという(中途半端になりがちな)コンセプトを実現するために、少人数でスピーディーに大量の注文をさばいていくための効率的なオペレーションに試行錯誤しました。精神面ではたとえ身を粉にして働いて疲れきっていても、外目には常に「笑顔を絶やさず」をモットーに、半ば宗教的に(笑)従業員のマインドセットを変えようと努めましたが、とても苦労しました。実績をつくり、ようやく周囲が納得するまでは厳しかったと言えます。当時はちょうどカルガリーがバブルの時期で人手が足りず、通常4人必要な厨房を僕一人で切り盛りしていた時期もあります。その上フロアでのトラブルを解決しつつマネジメント業務をこなすといったことを3カ月休みなしで週100時間やっていたこともありました。振り返ると、こうして極限までやってみて初めてわかることもあり、貴重な経験を得ることができたと思っています。最終的にはオペレーションの効率化によって固定費を上げずに売上を倍増させ、レストランを安定した利益体質へ転換することに成功しました。

QLS : 日本食レストランを辞めてベーグルカフェをオープンするまでのいきさつを教えてください。

黒澤 : 結局その日本食レストランでは6年半お世話になったのですが、その間もずっと独立したら何をやりたいか考えていました。一つの箱の中で毎日ホスピタリティーを発揮できて、お客様が満足し、従業員が満足し、家族が皆幸せを感じるような、そして、社会から信用され皆から信頼される仕事をしたいと思っていたので、特に日本食には全くこだわっていませんでした。最終的にはビジネスなのでまずお客様が望むもの、そして少し気の利いたものを何か提供できればと思っていました。日本食レストランを辞める1年前くらいから、毎日仕事から帰ってから僅かな時間を利用し、ネットで売り出し中のビジネス、店舗物件の動向を探ったりしていました。 後任をしっかり輩出し、退職をしてから半年間ほど独立の機会をうかがっていました。そうこうするうちにこの店舗なら塗り替えて自分の店にできるかなと思えるような物件に当たり、それをテイクオーバーすることになったのです。

QLS : 立ち上げから現在に至るまでを振り返ってどうだったでしょうか。

黒澤 : 現在オープンしてからちょうど2年たつのですが、売上は前年比27%アップしようやく形になってきたところです。さっきも言ったようにゼロからお店を作り上げたのでなく、既存のビジネスを買い取ってスタートしたため、既にあるお客を引き継いですぐに波に乗せることができると自信をもっていましたが、初年度は大いに苦労しました。当初商材も同じだったのでお客様はオーナーが変わったことにすら気づかず引き続き来店してくれましたが、前のオーナーのビジネスが見積もったよりも落ちていたことが誤算でした。もちろん改善したいことは多々あったので、お客の流れを止めないように注意を払いながら徐々に自分が考えるお店のコンセプトを反映させていく方法をとりました。土日を使って内装をほぼ全面的に変えたので、半年後にはすっかり自分の店らしくなりました。それから、既存のビジネスに加えて新しいマーケット開拓のために既存のケータリングサービスに改善を施しました。カフェのお客様が99%ローカルのカナダ人なのに対して、ケータリングにおいては更に日系コミュニティーにも働きかけました。これまでの経験を生かしてサンドイッチに加えて和食全般や日本風のサンドウィッチ、または弁当や寿司なども日系会館や領事館にも卸しています。お客様も商材も異なるこの二つのマーケットをきちんと区分けしてマネージしていくことが重要だと思います。

QLS : 今後の展望や夢を聞かせてください。

黒澤 : 飲食業でビジネスを拡大していく場合、フランチャイズ展開でロイヤルティーをとったり、他店舗に出資して経営権を握ってなどと考えがちですが、私自身そういったビジネス展開にあまり魅力を感じず、むしろ情熱のある若い人たちの主体性を尊重しつつこれまでに蓄積してきた飲食業の経営ノウハウをパッケージとして伝授し、また必要な場合は資金提供もしながら長期的なパートナーとしての関係をワンバイワンで築けたらと思います。わかりやすく言えば、飲食をやりたいという情熱はあるけど資金やノウハウの不足する人たちのために、“カルガリー熱血独立塾”みたいなものを胡散臭くない形で(笑)作りたいと思っています。そして、最終的には小さなストリップモールを手に入れて“屋台村”のようなものを作り、日本古来のふれあいのある場をこの地に設け、経営者同士お互いに助け合い、切削琢磨できる場として若い情熱のある人たちを誘致していくことがきれば最高です。

QLS : 最近は日本の飲食産業の海外進出が話題になっていますが、こうした動きについてはどのように思われますか。

黒澤 : 確かにモスバーガーが台湾に100店舗とか、大手企業の動きが注目されがちですが、個々の人生、生活を考えてもっと小さな単位で出て行って夢をつかむような動きがあってもいいと思います。飲食産業は渡邊美樹さんのように著名な人も増えてきているとは思うんですが、まだまだステータスも低いし、実際そういう経営をしているところが多いのも否めないと思います。でも旅行業から飲食業に乗り換えた時のことを考えると、自分の努力次第なのは勿論ですが、1日1日仕事が完結して後にひきずることもなく、構造とか流通とかが複雑な産業とは違ってビジネスは至ってシンプル、キャッシュフローも分かり易く、毎日何人ものお客様に笑顔で満足してもらえるなど、魅力的な仕事です。情熱のある人には是非チャレンジして欲しいと思います。

QLS : 予定時間を大幅に超えてしまいました。今後のビジネス拡大と“カルガリー熱血独立塾”、屋台村への発展、応援しております。本日は貴重なお話をありがとうございました。