QUEBEC Tuition Hike – カナダの中の異国、ケベック

 
もう3カ月近く、数万人にも及ぶ数の学生がデモを続けるケベック。一体どうしたんだろうと誰もが思う。ニュースのヘッドラインに現れる75%学費アップに一瞬驚く。大学教育はお金がなくても、誰でも受けられるようするべきだと叫ぶ学生たちがモントリオールの街中をデモ行進する。一部の学生が警察と争う姿がメディアを通して流れてくる。

ところが、ケベック州以外の人達には、なぜこのデモが学生の逮捕にまで至っているのかが全く理解できない。ケベック政府の計画通りこの75%の学費アップが実施されたとしても7年後のケベック州の年間の学費はおよそ3,800ドル(約32万円)しかならず、オンタリオ州の学費の約半分にも満たない。ケベックの学費はカナダ国内では一番低く抑えられている。公平にこの現状を見た時にカナダで一番学費が高くなっているオンタリオの学生がデモを起こすのであればまだ理解できる。ところが、相対的に一番優遇されている州の学生が憤慨する理由がどうしても見当たらない。

モントリオール大学政治科学の教授であるPierre Martinさんがこんなコメントしていた。この論争は、大学教育に対する2つの考え方の相違に端を発しているという。1つはケベックでは大学教育は所得に関係なく誰でも無料で受けられるべきだという考え方が根づいている。もう1つはケベック州を除くカナダでは、教育費は将来高所得を得られる職業に就くための投資として考えられている。

大学教育はお金がなくても誰でも無料で受けられるというのは、社会主義的で、誰もが願う理想の社会であり、決して間違っているとは思わない。ただそれを現行ケベック政府に学費アップをやめることをデモを通して訴える神経が全く理解できない。あれじゃ、手荒い借金とりと変わらない。

ケベック自由党がケベック州の政権を2008年に勝ち取った時も、彼らの公約の中に学費が上がることはちゃんと謳われていたわけで、国民の大半がそれを支持していたことは否定できないはずだ。

Martin教授によれば、メディアを通して見る学生デモの姿はケベックの学生大多数の意向を反映しているわけではないと言っている。学生の多くは学費アップに対して憤慨してどころか、一体いつになったらコースが再開するのか、予定通り卒業できるのかを心配しているという。客観的にみて、どう考えても一番優遇されている学生が文句を言っているのを真剣に検討する必要が本当にあるのだろうか。

大体、大学教育が国民全員に無料にできるシステムが現実に可能なら、ケベック以外の州が既に実施していてもおかしくないはずだ。もしケベックでこれを本当に実現するとしたら、税金をどこかで上げるしかない。唯一考えられるのがケベック州の高所得者層から学費を税金として吸い上げるしかないのは彼らも十分理解しているはずだ。それが本当に可能なら現行政府に学費アップをやめることを要求するのではなく、政府から高所得者層と交渉してくれるよう依頼するぐらいのことができないのだろうか。

いずれにしても、今回のこの学生デモに関する限り、残念ながら、”Wake up and smell the coffee!”と言わざるを得ない。

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