Life is just not so pretty sometimes -病院の待合室が見せたカナダ人間模様


とにかく健康、何より健康、今年も年に一回の健康診断に行った。

今回の血液検査には、なぜかいつもとは違うオフィスに近いロケーションのラボを選んだ。

仕事の合間を縫って、案の定、かなり中途半端な時間にラボに着いた。

ラボに入るいなや、ただの偶然なのか、老人ホームに紛れ込んでしまった気がした。

まあ、気にせず受付でチェックインしようとするなり、受付の人から全く礼儀作法を知らないという感じの話し方で、「番号札を取って呼ばれるまで待ってください。」みたいなことを言われて空いているところに座った。

ここまでは取り立てて驚きのないラボの待合室だった。

ところが、ここから40分間、まるでドラマを見ているような出来事が次々と起こった。

空いているところに座るやいなや、車いすを押されてお育ちのよさそうなおじいさんが入ってきた。番号札を取って座った。

するとそれに続いて東洋系のおばあさんが一人で入って来て、受付の女性に一言も言わず、何か紙を渡している。それに対して、受付の女性が”This is no good.”と大声で叫んでいる。おばあさんがちんぷんかんぷんのそぶりを見せるので、もっといらいらして、“You have to get a new one from your doctor.”とさらに叫び続けていた。でも、このおばあさんは言われていることが分からず、ただ無言のまま怒っているようだった。

そして、突然、例のおじいさんが、”Can I watch TV?”と叫ぶ。すかさず、受付の女性が、“Oh, sorry, that is not working.”と答えた。

その傍らに相変わらず黙ったまま、怒った顔をして受付を離れようとしないさっきのおばあさんがいた。

受付の女性はどうしようもなく、何か新しい書類を印刷して、おばあさんは看護師に連れられて検査室に入って行った。

「おばあさんの勝ち!」と声に出でない独り言。

そう思った瞬間に、また例のおじいさんが”Can I watch TV?”

そして、勿論、受付の女性が“I already told you earlier that that’s not working.”

認知症初期と思えるこのおじいさんは、その答えにばつが悪そうに沈黙した。

笑えない認知症の辛さが正直痛いほど伝わってきた。

そこにちょうど入ってきたのが、黒覆面で頭からつま先まで覆い隠した女性とその父親と思われる男性。
黒覆面の女性は具合が悪くなった父親に付き添ってきているのが一目瞭然だった。

トロントなのだから、黒覆面がとりわけ珍しいわけではないのは言うまでもない。ところが、その黒覆面の女性をある白人女性が不服そうにじろじろ見始める。蛇足だが、この女性の隣には仲むつましい男性2人のカップルが座っていて、彼女はこのカップルと仲よさそうに話をしていた。

そして、その女性がじろじろ見ていることに気がついているまた別の白人女性がいた。

“They are going to make a scene.”また声にでない独り言。

それから約15分から20分くらい経った頃だったと思う。まもなく自分の番が来ると思っているところで、案の定、例の白人女性が黒覆面の女性に向かって、切れたように“You know, your outfit is disrespectful to women.”と周りにはっきり聞こえるように叫んだ。

「はあー?」と一瞬目が点になった。

“What planet are you from?”また声に出ない独り言がでた。

すかさず、それをみていたまた別の白人女性が“What is wrong with you!? That is not any of your business.”と黒覆面の女性を弁護するコメントをまた周りにはっきり聞こえるように言い放った。

このドラマの行方は、テレビよりもよっぽどおもしろいと思った瞬間、自分の名前が呼ばれて検査室に向かわされた。

“Oh, no, I don’t want to miss this.”と最後の声のでない独り言。

検査が終わって受付を通った時は、勿論、見過ごしたドラマは既に終わっていた。カナダの高齢化を感じさせる風景は、まるで何も起こらなかったかのように静かな待合室に戻っていた。

駐車場に向かう帰り道、カナダの高齢化、英語を話さない移民、ゲイには優しいのに、中東の女性には厳しい人、差別を許さない人々、連想ゲームのフラッシュバックにbittersweetな感覚が暫く残っていた。

あのラボのあんな小さな空間に、英語を一言も話さない東洋人のおばあさん、認知症のおじいさん、同性愛者を尊重しながら中東の女性のファッションに腹を立てる白人女性、そしてそれをしかりつけるまた別の白人女性がいた。

カナダは、とりわけ、トロントは、以前にも増して様々な価値観が錯綜する社会の中で、国が徐々にアイデンティティを失う姿を不思議と心地よく映し出す。そこに高齢化の波が訪れているのもひしひしと感じられる。

そんな中で、移民の国カナダが誇るべきことはやはり、差別される人達が決して黙ってはいないこと。要求する権利は正当である限り、たとえ時間がかかっても、人々の価値観を正しく修正して、最後にはちゃんと保護されていく。

誤解してほしくないのは、カナダでは差別が許されないと言っても、差別がないわけではない。いや、他の多くの先進国同様、差別したくてしょうがない人はたくさんいる。

でも、カナダが違うのは、偏見によって差別された人達が立ち上がる時に、必ず周りが同様に立ち上がって助けてくれることだ。

問題があれば皆でとことん話し合って解決策を見つける。

これならきっといつか認知症に対する答えも見つけてくれる気がした病院の待合室での40分間だった

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